民生の彫り心地

 

この度久々に民生を彫る機会に恵まれました。
実印ですから当然彫刻面は伏せさせていただきます。
ちなみに私自身ありがたいことに2桁を超える民生の印章彫刻に携わっておりますが、その間は全身を包む感動と緊張感を味わい続けます。
改めまして今回は、そんな民生の彫刻の際の印章を忘備録としても記しておきたいと思います。

民生とは、二度と手に入らない至極の逸品

民生とは今は亡き象牙の象嵌士「山崎民生」さんによって作られた印材です。
最も有名な象嵌士でもあり、文化功労者賞を受賞された民生さんが作った印材はもはや美術工芸品の粋。
証としてその名と花押を彫り込まれ、現在ではほぼ全て入手困難となっています。

民生の彫り心地

民生の銘入りの材料はどれもが豊富に入手できた時代に特に厳選された象牙から作られているため、その独特なアイボリー色の魅力もさることながら、私たち彫刻士にとってはなんとも言えない硬いが滑らかに刃物が走る感触が、他にはない独特な気持ちよさと緊張感を感じさせてくれます。
その緊張感を自身の経験で例えるなら、学生時代であれば入学試験当日だったり部活で大きな大会に出ているような感じ、または数百人を超える規模の人々の前での講演、プロとしては一級試験だったり技能グランプリに出た時のようなそれに似ています。
ただしある程度時間の限られているそれらと比べますと対峙する時間が遥かに長いこの彫刻は、かなりの体力を精神力を必要とします。

具体的な彫り心地を言葉にするのは非常に難しいので、異なる素材との比較という意味で述べたいと思います。
柘植などの木製の材料はそのまま木ですから非常に柔らかい。水牛は爪と同じですから、それよりは硬い。そして象牙は骨と一緒ですから非常に硬いのが素材ごとの違いになります。
また象牙の場合は、グレードによって彫り心地は大きく異なります。
比較的安価な象牙はキメが荒く柔らかいため、彫る際に上手く刃物を扱わないと、キメの荒い部分がごっそりと削げ落ちてしまうような怖さがあります。
これが上質になるほどキメが細かくなり、刃物を入れる際には気持ちが良いほど見事にイメージ通りに動きます。ところが極上材になるほどに硬さも増し、それに負けないよう正しい型を取り続ける時間が長くなり、体力的な消耗が著しくなります。
では民生と極上と比較しますと、極上材のキメの細かさを持ち、かつそこまでの硬さではない感覚。
もしかすると硬さ自体は凌ぐのかもしれませんが、そこに滑らかさが加わり、完全にコントロール下に収めることができるような不思議な感覚です。

久々に彫るたびに思い出す独特な感覚は、彫り師として喜びの時間でもあったりします。

最後に

象牙の印章は作り手の力を必要とし、またそれに見合うだけの大きな力を与えてくれます。
しかも稀代の名工が手がけた品は、極上の心地をプラスしてくれます。

みなさまが特別な想いと共にご依頼いただく特別な印章は、私たちにとっても特別な体験となっています。
そんな表に出ない物語の一部を、たまにはちょっとだけご紹介いたしました。

 

 

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